変革の時代を生きる若者たちに智を発揮する力を

上智大学 学長
曄道 佳明

グローバル化やデータ駆動型の社会への変革、さらにコロナ禍と、今、私たちはめまぐるしい変化を目の当たりにしながら生きている。
変革の時代を生きる若者たちが身につけるべきスキルとは何か。大学側に求められていることは何か。
上智大学の学長を務める曄道佳明氏にお話を伺った。

上智大学 学長 曄道 佳明 氏

学生時代に身に付けたい多角的な視点

目指すのは可能性が広がるキャンパス

 グローバル化が進み、今では日本から出ずとも、バックグラウンドの異なる留学生たちと意見を交わすことが可能になりました。

 では、それと海外に留学することの本質的な違いは何でしょうか。留学とは、彼らのバックグラウンドを見に行くことです。

 学生にとって留学は大きなチャレンジです。英語力はもちろん必要ですが、物の見方が違う中で例えば政治学や社会学を学ぶとき、日本で学ぶのと比べて、そこで求められるのは「能力」というより「違う視点」です。多角的にものを見て意見を言うことが必要とされるのです。

 私は日頃から、留学を経験した学生と話をするように心掛けているのですが、実際に留学後に接すると、元々持っていた「チャレンジできる」という自信に加え、「実際に自分が学んだ自信」に満ち溢れていることがわかります。留学経験がもたらす効果とは何か共通の一言で表せるものではなく、「個々の成長」という意味合いが強いことを感じます。

 簡単には達成できないチャレンジを学生時代にするのは素晴らしいことです。たとえ辛い思いをしたとしても、そこで得られる達成感に留学の意味があると考えています。

 学生が留学を希望する動機は様々です。大学時代に海外を経験し、世界を相手に自分の意見をぶつけてみたいという学生や、世界中から人々が集まる米国の大学に日本人として身を置いてみたいという学生もいます。最近では高校までに既に海外生活の経験がある学生も少なくなく、3年次ではなく入学後の早い段階での留学を希望する学生もいたりと、様態の多様化を感じます。

 そうはいっても、高校時代から既に自分が大学入学後に何をしたいかという明確なビジョンを持ち合わせている生徒は稀でしょう。具体的に「何を学びに、どこの国へ行きたいか」は、大学に入って学びながら感じるものですから。そのための材料と手段が多彩に用意されているキャンパスを我々は目指しています。

グローバルキャンパスが創り出す多角的な視点

 上智大学は現在、数多くの海外の大学と協定を結んでおり、文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援事業の中で掲げている400校という目標も近く達成できる見通しです。とかく量より質と言われるこの時代、この数字が意味するものとは何でしょうか。

 本学の協定校は、中南米やアフリカを含め世界中の様々な国や地域に分布しています。本学の学生たちは、これら多数の協定校を通じて、世界を比較し俯瞰することができます。「世界をみる」とき、それは一元的ではなく多角的であることが大切です。本学のその教育理念が協定校の数に表れているといえます。

 無論、数が多ければいいのではなく、協定は信頼関係の上に成り立つべきものです。本学の場合は、相手校の教育レベルだけでなく教育の精神も重要視し、学内でしっかりと厳選、検討を重ねた上で協定を結んでいます。そのため名のみの協定校は存在せず、3〜5年のスパンで見ると、9割近い大学との間で学生の行き来があります。この稼働率の高さも本学の特徴の一つです。

 これらの協定校だけでなく、文部科学省の進める「大学の世界展開力強化事業」においても、これまで中南米、東南アジア、そして2018年度より米国の大学との連携を始めています。例えば芸術を題材に、米国の大学と本学の学生同士が交流し、議論しながら深いレベルで学ぶといった具合です。

 コロナ禍により留学が自由にできない今の状況は、本学の強みを充分に活かしきれず非常に残念ではありますが、グローバルなキャンパスで海外の学生と日常的に議論を交わすことで、学生が留学に匹敵する体感を得られるように、学びの「質」を重視した環境づくりに力を入れているところです。

※「大学の世界展開力強化事業」とは、国際的に活躍できるグローバル人材の育成と大学教育のグローバル展開力を強化するため、高等教育の質の保証を図りながら、日本人学生の海外留学と外国人学生の受入れを行う国際教育連携の取組を文部科学省が採択支援するプログラム。

過渡期の経験を強みに

 誰も望まず予想だにしなかったコロナ禍によって、社会が劇的な変化を起こしていることは間違いありません。さらには、世界がほぼ同時に共通の経験をし、世界全体が変わってきているこの状況は、これまでの歴史を紐解いても例のないことでしょう。グローバル化やデータ駆動型の社会など、「大きな変革」と10年ぐらい言われ続けてきたことに加え、さらに予期せぬ変化が加わりました。

 世界的な変化の過渡期に身を置いている学生たちにとって、不安感は仕方ないことでしょう。しかし、そういう時代の中で「何を見て、何を考え、何を議論すべきか」さえしっかりとできていれば、それらは社会の中で自らの智を創造的に発揮していくための大きな原動力となるはずです。そして、若い時代にこの過渡期を乗り越えたことが人間としての強みにつながるときが、いつの日か来ると私は信じています。

 どうしたら彼らにそれらの機会を大学として提供できるかを考えることは、多大なエネルギーを要することであり、大学にとっては今が正念場です。学生たちが不安や絶望だけを抱えて卒業していくのか、それとも、この学生時代は貴重だったと思えるようなプログラムやキャンパス環境を提供できるのか。今こそ、本学の強みであるグローバルな学習環境と蓄積された教育のノウハウを駆使する機会だと考えています。

オンライン環境が教育の自由度を上げる

オンライン教育がもたらす今後の可能性

オンライン教育がもたらす今後の可能性

 コロナ禍でスタートもしくは加速したオンライン環境を使った教育は、今後も以前の状態に戻ることはないでしょう。それは決して「戻れない」わけではなく、「戻す必要がない」からです。オンライン環境によって「学生の学びの自由度」と「教育の自由度」が上がり、学ぶ側と教える側両方の可能性が広がりました。

 極端なことを言うと、学生が4年間キャンパスに通い続けるようなスタイルに固執する必要はないと私は思っています。現状、オンライン教育での単位履修に対する制約はありますが、例えば2年次にフランスに留学した学生が、3年次は現地でより深く芸術的な学びをしながらオンライン教育で本学の単位を取り、4年次に戻ってくることも可能になるでしょう。教員も、今までのように「授業があるから海外に調査にいけない」ということがなくなり、海外の研究フィールドから現地の研究材料を使って授業を配信できるようになります。

 ただし、教育の自由度が上がるとは言っても、「何でもあり」ではなく、あくまでも上智大学としての理念や学問の成果の実現に向けた一定の枠の中での教育の自由度を指すことは言うまでもありません。

 現在、本学では留学予定だった学生や留学中だった学生が、在籍上のステータスは「留学」のまま、代替措置として、現地とを結ぶオンライン教育を受けています。しかし、これらは単なる代替措置であるべきではありません。国際通用性のあるグローバルな人材を育成するために、今後このようなオンライン環境における留学プログラムを一つのカテゴリーとして整備する必要を感じています。そうすることで、学生によっては留学前の予備的な段階として「海外の学生とのディスカッション」を行えたり、留学が高嶺の花だった学生に対してハードルを下げたりする効果もあるでしょう。よりレベルの高い学生は、留学前の準備としてプログラムを修了することで、現地では留学だけでなくインターンシップを目指すこともできます。このように様々な学生に多様な方向性を与えるカテゴリーとして、オンライン環境をどう位置付けるか考えていく必要があります。

 「多様な学生に集まって欲しい」、「卒業生には多様な道を進んで欲しい」という我々大学側の思いは、大学の提供するプログラム自体が多様でなくては辻褄が合いません。そのときにオンライン教育が威力を発揮すると考えています。

 今年の春学期は、大学としてやるべきことをオンライン環境でどこまで実現できるか、困惑もありましたが、その状況下で一通りの経験を積んだことで、教育の可能性が広がりました。はたして来年度、更なる高みを目指したプログラムが展開できるのか。上智大学が一流の教育集団と呼べるかどうかの試金石となるでしょう。

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