一人の百歩より、百人の一歩を −市内全校でプログラミング教育を実施−

「心に火をつけたい」プログラミング教育の普及に向けた想い

―神奈川県―
相模原市教育委員会

小中学校における情報化の推進を目指す相模原市では、2017年度から、特にプログラミング教育に力を入れ、市内全校での実施を進めている。独自の推進計画の立案と実施の立役者である相模原市教育委員会教育局の教育センターを訪ね、これまでの推進計画の経緯やプログラミング教育の普及のための施策などについて詳しくお話を伺った。

東北大学大学院 情報科学研究科 堀田 龍也教授
相模原市教育委員会教育センター

相模原市教育委員会
教育センター

〒252-0239
神奈川県相模原市中央区中央3-12-10
TEL 042-754-2577 (学習情報班直通)
http://www.sagamihara-kng.ed.jp

小中学校の情報化を目指し
3年ごとに計画策定

 相模原市では現在、情報教育専門の指導主事3名を中心に、市内の小・中学校における情報化の推進に力を入れている。2011(平成23)年度からスタートした推進計画は、ICT機器の整備状況や時代のニーズに応じて3年ごとに改定されてきた。2017〜2019年度は、2020年度の新学習指導要領の本格実施を前に、プログラミング教育に焦点を当てた計画となっており、昨年度だけでも40もの自治体が視察に訪れている。

 人口約72万人、小学校だけでも72校という規模を誇る相模原市において、市はどのように計画を策定、実行してきたのだろうか。

 実は、相模原市はコンピュータ教室を全国に先駆けて設置した自治体だ。「当時はパソコンを設置しても授業に適したソフトがなく、市内の学校の先生たちが開発を試みた時代もありました。現在、各学校で整備状況などに課題はあるものの、このような過去の流れから全体としてICTに対する理解と素地があったことが、今回の計画につながったのだと思います」長期に渡る推進計画のスタートに至った背景について、数年前に市内小学校へのフラッシュ型デジタル教材の導入に尽力した後藤幹夫指導主事は、こう語った。

「整備計画」ではなく「推進計画」を

 相模原市は、次の3つを大きな柱に3カ年の推進計画を策定している。①情報活用能力の育成
②ICTを活用した授業改善
③校務の情報化

 「新規の取り組みにあたっては、『整備計画』を立てるのがよくあるやり方ですが、相模原市が立てたのは『推進計画』です」と、市の推進計画の策定と実施において中心的な役割を果たす篠原真担当課長は言う。「『整備計画』は、モノから入る考え方。それに対して、『どういう子供たちを育てたいか』から入るのが『推進計画』といえます」

 「まず目指すところを決めてから、そのために何を整備し、どのように先生たちを支援していけばよいかを考える。この考え方こそが、組織として物事を進めるうえでの原理原則だと思っています」と、ICTアドバイザーとして他の自治体へのアドバイスも行っている篠原氏は話す。

今、求められている情報活用能力とは

 「以前は、パソコンをどうやって操作するか、ということが活用能力の1つとして挙げられていましたが、今はそういった操作を中心に教えることではなく、インターネットの仕組みだったり、プログラムの作り方だったりと、よりコンピュータ・サイエンス的な要素や、構造や考え方に関する能力が入ってきていますね」と話すのは、相模原市のプログラミング教育を推進するとともに、全国20自治体から講演依頼を受けている渡邊茂一指導主事だ。 

 突然舞い降りてきたかのようにも思える小学校でのプログラミング教育必修化だが、これまでの手応えとして「教員側は戸惑いを感じているかもしれないが、子供たちには一切そういう感覚はないようです」と後藤氏。「まずICT機器やソフトの取り扱いにどのくらい時間を割いたらいいか、などの手法や手続きなどを理解してから始めようとすること自体がそもそも大人の考え方。子供たちは、躊躇うことなく、あっという間ですから」と渡邊氏も口を揃える。

資料1 相模原市における学校の情報化推進計画(2017〜2019年度)
資料1 相模原市における学校の情報化推進計画(2017〜2019年度)

教科ではないからこその先手

 全国に先駆けてプログラミング教育に着手した相模原市の取り組みについて、篠原氏は次のように述べる。「なぜ私たちがこんなにも急速にプログラミング教育を進めているか。新学習指導要領に向けた準備というと、どうしても『1に英語、2に道徳、3、4がなくて、5にプログラミング』と言われるように、英語や道徳に比べて後回しになりがちです。なぜなら、教科である外国語と道徳に対して、プログラミング教育は他の教科に間借りする形をとらざるをえないし、やらなくても外からは見えにくい。だからこそ、初期段階から取り組まないと、忘れ去られてしまうのではという危機感を覚えたのです」

「一人の百歩より、百人の一歩」 

 一般的に、自治体で何か新しい教育的な取り組みを始める場合、最初の数年間は1〜2校をモデル校として設定し、実践研究をすることが多い。しかし、「相模原市では、プログラミング教育を始めたときに、あえてモデル校を設定しませんでした」と篠原氏は話す。「モデル校をつくるということは、そこに集中的に予算や人材を配置するということ。もちろん、その学校でのプログラミング教育は飛躍的に進むし、市としての実績にもなるでしょう。でも、他の学校の子供たちは? 熱心に進めていた一人の先生がいなくなったら、そのあとは? たとえ十分な設備がなくても、市内の全校で、すべての子供たちが享受できるような計画にすべきだと私たちは考えたんです」

 その言葉の通り、プログラミングに関わる授業は、一人1台のタブレットPCの使用は想定せず、まずは各校のPC教室を使って行われることがほとんどだという。

市内全小学校の4年生を対象にプログラミング教育を実施
〜教員研修で手厚くサポート〜

 教育委員会から学校への最初の働きかけは、2017年の夏、小学4年生担当教員を対象とした教員研修だ。各校から最低一人としたところ、集まった教員の数は全部でおよそ100名。人数が多いため、研修は数回に分けて行なったという。

 「私が先生役、先生方を子供役として、プログラミング教育を取り入れた算数の授業を展開しました。『およその数』を題材にした授業内容は、指導案を元に算数担当の指導主事と一緒に作成し、見本用のビデオ教材まで作ったんですよ」と渡邊氏。「ビデオでは、どう見てもスクラッチの画面が写ってるのに、プログラミングの『プ』の字も出していないところがミソなんです。『ここで子供たちの顔を見て、問いかけをしましょう』みたいな指示ばかりで」と笑う。プログラミングという言葉をあえて使わず、教科(算数)の授業モデルとして位置付けることで、担当する教員に苦手意識を持たせない配慮だ。また、研修にはICT支援員も参加。各教員と支援員が情報を共有し、すべての教員が自校で確実に実践できるよう支援員がサポートすることで、全校でプログラミング教育を進めやすい環境をつくりあげてきた。

ツールとしてのプログラミング

 研修を行なった4年生の授業でプログラミングに割く時間は10分ほど。渡邊氏によると、プログラミングの体験を位置づけた授業は、①試行錯誤する力を育てる場合、②体験的な学びで資質・能力を育てる場合、③学習課題を解決するツールとして活用する場合の3つに分けられ、③の場合、プログラミングに割く時間は短くする必要があるという。「ツールとして活用する場合、振り返りの時間に『今日のプログラミングはどうでしたか』などと問いかけるのもNGです」と渡邊氏。

 教科授業の中で、あえて前面に出さないように進めるプログラミング教育だが、既に成果が表れ始めているという。「昨年度、各学校で行なった授業者アンケートの中で、5年生で『論理的思考』の育成が実感できたという意見があり、単にプログラミングの体験に留まらず、思考力の育成にも資する学習だと感じてもらえているようです」と渡邊氏は微笑む。

「情報活用ハンドブック」
〜独自のカリキュラム作り〜

情報活用ハンドブック

 4年生を皮切りにスタートした相模原市のプログラミング教育は、昨年度は時期をずらして、市内全校の5年生にも実施。教員全体の意識が高まり、既に他の学年でも様々な教科の時間を使って独自のプログラミング教育が行われているという。

 徐々に学校側が実施の主体となりつつあるプログラミング教育の動きに対して、相模原市のサポート体制は万全だ。小中学校の全科目の教科書の中から「課題」「収集」「吟味」「表現」に合うカリキュラムを洗い出したうえで、ICT機器の取り扱いからプログラミングに至るまで、何年次にどのような情報スキルを身につけるべきかを「情報活用ハンドブック」にまとめて提案している。
「元々コンピュータが関わっている学習内容は、これまでの学習過程にも探すと結構あるんです。それを上手に掘り起こせば、自然とプログラミングに馴染みやすい内容となります」と渡邊氏。

 さらに3年に一度、中学校区単位で小中学校の教員とICT支援員が一堂に会し、校区独自のガイドラインを定めることで、同じ中学に進む小学校同士の足並みを揃える。市は併せて「情報モラルハンドブック」も作成し、情報リテラシーの形成にも努めている。

 渡邊氏は、こうも話す。「プログラミングを取り入れた授業を進めていくなかで、『プログラミング的思考は、やればやるほど当たり前になる』という堀田龍也先生(2参照)の言葉を実感しています。子供たちの発想は自由でフレキシブル。先生たちは、そんな活き活きとした子供たちの学びの姿を見て、子供たちと一緒に学ぶプログラミングの授業にハマっていくようです(笑)」

資料1 相模原市独自の授業プランの1例(プラン表とワークシート)
資料1 相模原市独自の授業プランの1例(プラン表とワークシート)

「VHSになりたい」

 そう語るのは篠原氏だ。ビデオテープ全盛の時代、全国への普及を目指してメーカー側がノウハウと規格を広めた「VHS」のことである。

 「最初は『日本一』を目指してプログラミング教育を始めたんです。ところが他の市町村には、そもそもプログラミングを専門でやることができる指導主事がいなかった。それなら自分たちが皆の役に立つものを作って日本中に広めようと思い、目標を変えました。もっとも、今の若い先生はVHSの存在自体を知らないんですけどね。先日は『あの黒い箱ですか?』と言われました(笑)」と篠原氏。

 教員研修、実践、フィードバックと、2年間で着実に進化を遂げてきた相模原市のプログラミング教育について、「今後は、どこの学校でも汎用的に使えるようなカリキュラムを作って、日本全国に発信していきたい」と篠原氏は語る。「そこに『相模原』の名前が残らなくたっていい。『全国の子供たちの役に立ちたい』という普遍的な目標と熱い想いを胸に頑張って取り組んでいきます」

●平成30年度12月までに実践された授業(教育委員会が見学等して把握)
●平成30年度12月までに実践された授業(教育委員会が見学等して把握)
資料2 相模原市内の小・中学校における授業の実際と授業づくり

相模原市立 大沢小学校 〜 授業レポート 〜

相模原市立大沢小学校

相模原市立大沢小学校
〒252-0135 神奈川県相模原市緑区大島1566
1902(明治35)年に開校した歴史ある小学校。豊かな心とたくましく生きる力を持った子どもの育成を教育目標に掲げる。児童数は950人を超える。

 プログラミング教育が急速に浸透しつつある相模原市だが、それを可能にしたのは、これまで教育委員会が進めてきたICT整備における工夫の賜物ともいえる。同市は、大型モニターを市内全校に整備すると同時に、教材としてシンプル操作で使える『小学校のフラッシュ 基礎・基本』を導入。当時、ICTという新しい取り組みに対し、現場の先生のハードルを少しでも下げるための仕掛けだったという。それ以降、フラッシュ型教材を含め、ICTの活用を促進するための研修会を毎年開催している。
 前出の後藤指導主事は語る。「基礎基本となる知識を習得していることは大切です。新学習指導要領でも求められる思考力・判断力・表現力の育成にもつながると思います。基礎基本を確実に習得・定着させるために、フラッシュ型教材を活用してもらっています」 

「一人ではちょっと......」という子供たちは、皆で元気に答えていく
「一人ではちょっと......」という子供たちは、皆で元気に答えていく

 今回行われていたのは、4年担任で視聴覚主任でもある田中毅彦先生による社会の授業で、日本の地理を扱う単元だ。

 授業が始まると同時に、まずは一人の子供が前に出て、皆が知らなそうな市町村の名前を1つ、黒板に丁寧に記し、最後に読み仮名をふってからタイマーをセットする。クラスの子供たちは、その途端、我先にと自分の地図帳の中から市町村の場所を探し出す作業に入る。制限時間は1分だ。この「地名見つけ」クイズは子供たちに人気で、1学期から続けているという。彼らは難しい漢字もなんのその、とっておきの地名を密かに用意して自分の番を待っている。

[地名見つけ]  ①市町村名を黒板に書き記す
[地名見つけ] ①市町村名を黒板に書き記す
②巻末から場所を探し出し、地図上で見つける
②巻末から場所を探し出し、地図上で見つける

 「地名見つけ」を2回行なった後は、『小学校のフラッシュ 基礎・基本』の日本の都道府県地図の出番だ。ここで田中先生は、「大勢で答えたい子」と「一人で答えたい子」の2グループに分けた。「大勢」希望の子供たちは教室の前方に集まり、フラッシュ画面を見ながら、色のついた都道府県名を口々に答える。誰かが正解すれば、次のスライドに進んでいく。全て答え終わったところで、次は「一人で答えたい」グループに場所をゆずる。子供たちはスクリーンに向かって一列になり、映し出された都道府県名を一人1問ずつ答えていく。正解すると列の後ろに並び直し、次の出番に備える。なかなか答えられない場合は、次の子にバトンタッチする。田中先生は、2グループそれぞれについて、全問正解にかかった時間をストップウォッチで測り、黒板に書き留め、次回はそれを上回ることを目標として、フラッシュ型教材を用いた学習を終えた。

 授業の冒頭の時間にフラッシュ型教材などを使って、子供たちを惹きつけながら自然と集中させる取り組みを行っている田中先生に詳しくお話を伺った。

「一人ではちょっと......」という子供たちは、皆で元気に答えていく
「一人ではちょっと......」という子供たちは、皆で元気に答えていく

どんな授業でフラッシュ型教材を活用していますか。

田中先生(以下敬称略) 普段は主に算数の授業で使用することが多いですね。直近の授業の内容というよりは、それに関連した学習内容の活用シーンが多いです。例えば、4年生で学習する掛け算や割り算の筆算では、商がいくつ立つのかを考えるとき、授業の導入時に2年生で学習した「掛け算九九の暗唱」を復習しておくことで、授業をスムーズに進められます。

 日頃はPC教室での活用が多いので、今回は普通教室でも効果的に使えないかと、社会の授業に取り入れてみました。

他に活用の場面はありますか。

4年担任  田中 毅彦 先生
4年担任 田中 毅彦 先生

田中 特に一斉提示にはこだわっていないので、PC教室での自習時間や各自の課題が終わったときに、個人で取り組ませることも多いですね。フラッシュ型教材は基礎基本の定着を目指すものなので、個別学習にも活用できます。私は4年の担任ですが、子供たちには「3年の復習をしてもいいよ。5年の漢字なら結構できるんじゃない?」と。そうすると子供たちも「あ、じゃあ、やってみる」と意欲的に取り組んでくれます。

子供たちの反応はいかがですか。

田中 子供たち自身、やり方を掴んできているようで、だんだんと反応が良くなってきました。今日も私が「これやるよ」と言う前に、子供たちの方から「先生やろうよ」と。フラッシュ型教材というのは、子供たちのやる気を引き出せる教材だと感じています。

 また、フラッシュ型教材の良さは、パッと答えられるところ。授業の冒頭での活用を日常化することで、既習事項を振り返ったり基礎基本の定着をはかったりする学習的な意味合いに加えて、子供たちの心をほぐし、スムーズに授業に入るための準備体操にもなり、とても効果的ですね。

フラッシュ型教材の使用感と今後の展望についてお聞かせ下さい。

田中 あらかじめ必要な設定さえしておけば良いので、使いやすいです。

 PC教室で子供たちに学習ソフトを触らせていると、ボタンを押して答えるような選択問題でも、子供たちは、つい声に出してしまうんです。そういう意味で、フラッシュ型教材を使って、みんなで大きな声を出しながら学習できるのは、子供たちにとっても自然で入っていきやすいのだと思います。たとえ途中で答えに詰まってしまう子がいても、「間違いを恐れず最後まで行こう」と全員がポジティブな気分になっているなと実感しています。

 また、個別学習の場面でも活用できるため、フラッシュ型教材を取り入れることで、45分間の授業のあり方を様々に追究できるんじゃないかと思いますね。

 今回の社会の授業では子供たちを2グループに分けましたが、じつは前回の授業では全員一人ずつ答えさせたんです。そうしたら途中で答えられない子がいて止まってしまって。そういうところで苦手意識が芽生えてほしくないので、今回は子供たちの希望を聞いて、グループ分けしました。そんなふうに、フラッシュ型教材をただ使うだけでなく、先生が子供たちの反応を見ながら、少しだけやり方を工夫することで、面白い使い方ができるのではないでしょうか。

 本校の視聴覚主任として、まずは私自身が色々な使い方を試して、積極的に発信して校内に広めていきたいです。

相模原市教育センター
学習情報班
渡邊 茂一 指導主事

相模原市教育センター
学習情報班
後藤 幹夫 指導主事

相模原市教育センター
学習情報班
篠原 真 担当課長

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