公開日:2013/09/30

大学の国際化と英語教育

吉田研作 Kensaku Yoshida
上智大学言語教育研究センター長。上智大学外国語学部英語学科卒業、同大学外国語学研究科言語学専攻修了。専門は応用言語学。文部科学省が提唱する「英語が使える日本人」の育成に関する、さまざまなプロジェクトに関与している。

社会、経済、文化のグローバル化が急速に進展し、日本でもグローバル化への対応が急がれる。わが国の企業の国際競争力が問われるようになり、国際社会に通用する資質を備えた人材育成の重要性が叫ばれるなか、日本の大学も国際化への対応を余儀なくされている。文部科学省が推進する大学の教育改革に伴う「国際化」への取り組みはどんな状況にあるのか。本シリーズでは、「大学の国際化」と「グローバル人材の育成」をテーマに、大学教育を取り巻く現状を探る。

グローバル時代に求められる
英語力とは?

 かつての日本で必要とされた英語力とは、海外旅行や日常会話ができるレベルだった。だが、情報・ヒト・モノが国境を越えて行き交うグローバル時代を迎えた今は、求められる英語力も違う。英語は世界の共通語であり、コミュニケーションのためのツールである。世界へ出て行くことだけが国際化ではなく、今は、国内に居ながらにして、世界とのつながりを持つことも増えている。

 「日本に居れば、英語を話す必要がない、世界からはシャットアウトされているという時代ではなくなりました。今は、日本に居ても世界で起きたことがすぐ自分の生活に影響してくる時代なのです」。吉田教授は国際化が加速する日本の現状について説明する。

 そして、「今ではメールやSNSなど何らかの手段を使って、いつでもどこに居ても、世界中の人々とコミュニケーションを図ることができます。だからこそ、単に文法や単語を知っているだけではなく、それを目的に応じて使うことのできる、言葉の高い運用能力が求められるのです。私たちは今後そのような力を身につけていかなければ、世界の中でも取り残されてしまうでしょう」と、グローバル時代に求められる英語力について言及した。

英語を使うことに自信を
持たせる授業づくりを

 だが、そのような現状を前にして、日本の若い世代の内向き志向が叫ばれる。文部科学省は1986年より隔年で『高等学校等における国際交流等の状況について』を調査している。13回目の調査結果が今年6月に公表された。調査結果によれば、全国の高校生の約6割の生徒が「留学をしたくない」と回答し(=グラフ1)、その理由を「言葉の壁」(56%)や「経済的に厳しい」(38%)、「外国での生活や友達関係が不安」(34%)などが挙げられた(=グラフ2)。

 「日本人学生の海外への留学者が減少しているのは、外国語を使って相手とコミュニケーションを図る自信がないことの現れ」であると、吉田教授は指摘する。そして「英語を間違えたら恥ずかしいから、外国人とは話したくない。海外へは行きたくないと考えてしまうのです。これは、日本がこれまで長年にわたって続けてきた、文法知識中心の英語教育による弊害と言えるのではないでしょうか」と問題を投げかけた。

 新学習指導要領により、高校では「英語の授業は英語で行うことを基本とする」と定められた。授業は生徒が主体となり、英語を使って生徒が活動する機会が増える。では、いかにして英語に対する自信を取り戻すのか。それには「Can-Doリスト」を活用した具体的な学習到達目標の設定が必要である。

 「たとえば、『英語で議論ができる』『英語で反論できる』『相手を説得できる形で伝えられる』というように『〜ができる』という事柄を目標として示し、その目標に到達できているかを確認するのです。できることは自信につながります。そのためには、これまで英語教育で行われてきたような、正しい文法知識を身につけることが英語学習の主たる目的ではなく、覚えた英語表現を使って、相手に自分の考えを伝えることができるように、目的を持った活動を授業に取り入れていく必要があるでしょう」

CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)の全体的な尺度

TEAPが大学入試や
日本の英語教育を変える

 小学校で外国語活動が始まり、高校では英語で授業を行うようになった。文法訳読中心の授業は、コミュニケーション活動中心の授業へ移行した。日本の英語教育は今後どのように変わっていくのか。

 「本当に小学校、中学校、高校の英語教育を変えていくには、大学の英語教育が変わらなければなりません。それには、大学入試を変える必要があるでしょう。学習指導要領の変遷を見ると、1970年以降から英語でのコミュニケーションの必要性が記されています。文法知識を中心に教えることは書かれていないのに、なぜそのような教育になったのか。それは、大学入試という壁があるために、入試対策として英語教育を文法中心の指導にせざるを得ない状況にあったのです」

 そこで、日本における大学入試のあり方を考え直し、大学で必要な英語力を判定する試験が必要であると、上智大学は2009年より、公益財団法人日本英語検定協会と共同で新しい英語テスト『TEAP(アカデミック英語能力判定試験)』を開発してきた。

 「TEAPは日本の大学教育レベルにふさわしい英語運用能力を正確に判定する試験です。たとえば、英語で資料や文献を読む、英語で講義を受ける、英語で意見を述べる、英語で文章を書く、などの力を4技能で構成した問題により判定します。また、海外で身につけた学力を測ることもできます。TEAPは上智大学だけに限らず、国内の大学で導入いただくことができます。日本の大学入試制度を抜本的に改革し、高大接続のあり方を提案していく試験になるでしょう」

 2015年度入試より、上智大学ではTEAPを利用した入試を全学部で導入する。年3回全国7会場で実施されるTEAPを受験し、各学部で示した基準点を満たしていれば、出願することが可能となる。このTEAPを普及するため、「アカデミック英語能力判定試験(TEAP)連絡協議会」が発足し、全国の国公私立約50大学が参加している。

 「センター試験のあり方が問われ始めている昨今ですが、今後はTEAPがそれに代わる試験として活用されていくこともあるかもしれませんね」と吉田教授は語る。その理由として、学習指導要領に沿った授業を受けていれば、特別な対策などなくても通用する試験内容となっていることを挙げた。

 また、「TEAP導入により、留学を通じて身につけた英語力を生かすことができることを浸透させることによって、大学入試の壁が取り払われ、高校生の留学も増えるのではないでしょうか。TEAPは大学入試を変え、高校の英語教育を変えることにつながると思われます」と述べた。

複言語主義の視点で
英語を習得する

 今後、日本の英語教育がめざす英語とは、英語の母語話者が話す英語ではないと吉田教授は述べる。世界で英語を話す人口のうち、英語を母語とする人口はわずかにすぎず、英語を母語としない人口の方がはるかに多いのだ。

 「私たちが今後身につけるべき英語とは、世界のどの国の人と話しても通じる英語であり、一つに定まった標準的な英語ではありません。コミュニケーションする人間どうしで標準は変わります。状況に応じて話される英語があって良いのです」

 そして、英語を母語としない日本人は、日本語と英語のバイリンガルを目指す必要などないという。

 「ヨーロッパでは『複言語主義』という考え方が根付いていますが、外国語教育全般がCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)という基準に基づいています。これは、外国語の能力を、点数ではなく『何ができるか(Can-Do)』という観点で測り、6段階に区分する指標です。実際、ヨーロッパの人々は、自分の母語のほかに、仕事や学問、日常生活など、特定された領域において必要な言語をそれぞれ使い分けています。日本では日常生活において英語を使う必要がありません。しかし、仕事や学問などの特定の領域では、英語が必要な場面もあるでしょう。つまり、必要な場面で、必要な言語を、必要なだけ話せればよいのです。発音は日本人的でも構いません。値段交渉やプレゼンテーションが英語でできる、英語で論文を書ける、というように、外国人として自信を持って使える英語を身につけていくことが、日本人には必要なのではないでしょうか」

 そのために、どのような教育が必要になるのか。吉田教授は上智大学で2014年度から必修化する「CLIL(内容言語統合型学習)」を紹介した。

 CLILとは、Content(教科科目やトピック)、Communication(言語知識やスキル)、Cognition(批判的・論理的思考力)、Community/Culture(協同学習、地球市民意識)という4つの要素を組み合わせながら、英語で専門科目を学ぶ学習法である。多言語環境にあるヨーロッパの教育現場で広く活用されている。今後、日本の学校教育の英語の授業でも、このCLILの考え方を応用していくことで、授業が活性化する可能性を秘めている。

社会や時代の変化を見据えた
英語教育が必要

 今後ますます、日本社会のグローバル化は加速していくだろう。それゆえに大学は時代に合った教育を行い、社会が求める人材を育成し、社会的使命を果たしていかなければならない。

 「そのためには、大学もボーダレスになる必要があるでしょう。外国から日本に留学して学びたいと思わせる環境を整えなければなりません。『グローバル30』によって、少しずつ日本の大学もグローバル化が進んでいます。キャンパス自体をグローバル化し、英語で受講できる授業を増やし、日本人学生も留学生も共に学び合える授業を作っていかなければなりません。そうしたなかで、本当に使える英語とは何なのかを見据えて、英語教育を考えていく必要があるでしょう」

 吉田教授は、社会や時代の変化を見据えた英語教育の重要性をあらためて説いた。

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